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観音deほぅまん(宝満)1回「宝満山伏と博多の街」

猛暑の中、26人の参加ありがとうございました。

美味しいコーヒーと七夕おやつのふるまい。

カフェ観音さんありがとうございました

7月23日(土) 15:00~16:30
講師:宝満山弘有の会代表 森弘子

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宝満山に縁の宝照院。宝満山の坊は盛時370坊 大友宗麟の検地により壊滅的な打撃を受け最終的には行者方二十五坊が山上に坊を構えました。
宝満二十五坊奥の坊の末裔、宝照院。下山の当初は、志摩郡の宝照院に入ります。
明治6年 博多の箔屋町・竹若番・万行寺前町の人々の要請で智楽院に入寺。
明治33年、宝照院と合併して、寺号を「宝照院」。
ご本尊は「北辰妙見大菩薩」
脇侍「大黒天尊(宝満山奥ノ坊本尊 塩売大黒)」「不動明王(宝満山吉祥坊本尊)」「神変大菩薩」

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六合目の赤い橋の修理のための資材運搬のお手伝いをしました。

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  (六合目に到着。お疲れ様~)

 

この橋は、平成3年の台風で地崩れがあり、この場所を通ることが危険になったため、西鉄山友会の方が造ってくださった橋です。

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  (西鉄山友会の伊藤さんと

 

宝満山に登る人は誰もがお世話になる橋です。

造られてから2~3回修理をしてこられましたが、「今後この橋の修理は叶わない。このまま放置すれば事故にもつながりかねない」と、撤去を申し出られました。それを聞いた太宰府市観光課の方が奔走し、応急手当がなされることとなりました。資材持ち上げの協力要請を戴いた宝満山弘有の会も資材持ち上げや、一の鳥居での登山者への呼びかけに協力させていただきました。
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  (老朽化した赤い橋

  

声かけをした登山者で断られる方はなく、30分ほどで一の鳥居前から、全ての資材が運ばれていきました。 03.jpg

  (皆が運び上げた資材

 

大きい物は、長さ4mの短管やハシゴ、5㎏に小分けしたセメントなど、小学生も自分の持てるものを持って参加してくれました。

宝満山を愛する人が、皆でこの作業に関わることができたのは素晴らしいことでした。

みなさん、お疲れ様。有り難うございました。

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   (ケーブルテレビのインタビューもありました

4月24日(日)、復活して3回目の「十六詣り」を実施しました。

朝8時30分の集合時には、少しお天気が危ぶまれましたが、上宮に着く頃にはお日様も顔を出し、楽しい十六詣りが出来ました。

今年の参加者は、男子7人、女子11人。それに小学生の百々葉ちゃん、美櫻ちゃんも元気に登拝しました。

大人の参加は19人でした。

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   (出発前に竈門神社で全員集合)

 

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  (急な石段が続く山道)

 

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  (上宮に到着して参拝)

 

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  (願いを込めて縁結びのこよりを木に結びつける)

 

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07.jpg   (愛敬の岩で恋占い。目隠しして岩に当たると恋が叶う…かも)

 

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  (女道にはしゃくなげの花が満開)

 

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  (直会のお食事は常若の会の皆さんが準備してくれました)

宝満山弘有の会は発足して2度目の正月を迎えました。

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濃霧の中に立つ下宮鳥居(撮影:森)

 

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駐車場も満杯(撮影:森)

 

濃霧の中の歳旦となり、地上から見る宝満山はなかなか姿を現してくれませんでしたが、「晴天」という天気予報もあって、たくさんの人が山頂を目指し、山頂は超満員。

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日の出を待つ上宮(撮影:長濱)

 

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満員の山頂(撮影:長濱)

 

雲海から昇る初日の出は幻想的でもありました。

01_hinode.jpg幻想的な初日(撮影:長濱)

 

年、年に異なる姿を見せる初日。今年はどんな一年となることでしょう?

皆さんにとって幸多い一年となることをお祈りします。

宝満山の限りない恵みを頂きながら、今年も活動を続けていきたいと思います。

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10時頃ようやく姿を見せた宝満山(撮影:森)

 

11月21・22・23日に行われた竈門神社もみじ祭りにおきまして、

斎館をお借りし、お茶会を催しました。

行楽シーズンにしては雨の日が多く、

下見や打合せの時も

いささか心配な空模様ばかりで。

しかしながら、

雨露に濡れた艶っぽい吹寄せも美しく、

例年よりあたたかい影響で色付きこそは冴えておりませんでしたが、

移ろいゆく楓の景色も、これまた趣深い風情で。

竈門神社さんのご厚意にて、

宝満山9合目程にある仙厓筆『仙竈』岩の拓本を拝借し床掛けへ。

太宰府在住の裏千家・名和先生指揮もあって、

多くの方々に、足をとめ、座っていただき、

くつろいだひとときの中で、宝満山・竈門神社について

お話しを聞いていただく、良い機会となったかと存じます。

御菓子は太宰府天満宮参道にあります老舗『梅園』さんの

銘菓『宝満山』をご用意し、とても好評いただいておりました。

 

何気なく通り過ぎてしまえば、

見入ることのない景色、

知ることのない想い。

大切に伝えていきたいと

改めて思う次第でございました。

                                                          みとみのまつ

 

 

 

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 11月7日(土) 降水確率50%、今にも雨雲が近づいてきそうな気配。

10時10分、竈門神社境内。愛嶽山に向かって「いってきます」。

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 冬イチゴの赤がお出迎え。九州歴史資料館の岡寺良先生の解説を聞きながら升形城を目指して歩く。

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 升形城が描かれた絵図(「古城図」のひとつ)と、升形城縄張り図を見ながら堀切の様子や曲輪とみられる平坦面を見る。

景色と歴史を堪能したひととき。

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  雲行きが怪しくなりそうなので、昼食を取らずに下山。

 

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 下りは急。滑りそうになりながら気を付けて。

 

 13:10竈門神社着。

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10月10日、11日は恒例の清掃登山(下山)。

10日夕刻キャンプセンターに集まって、すき焼きパーティー。

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初参加の妙香庵光本君からの大量のかしわ御飯に加えて、西鉄山友会の方からもたくさんの料理を差し入れていただき、食べられないほどの豪華な宴会となりました。初参加の人もすっかり打ち解け楽しい夜は更けていきましたが、あいにくのお天気で、山頂に登ることはできず、夜景やご来光は残念でした。夜中は激しい雨音に目が覚めることも…。

でも朝靄のキャンプセンターはステキ。

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(朝食はすき焼きの残りにうどんを入れて)

次第に雨も上がり、出発する頃には青空も。キャンプセンターでゴミ拾いしたあと(ほとんどありませんでしたが…)、女道を通り、薬師堂跡、東院谷坊跡を経て、法城窟へ。久しぶりに窟のお地蔵様、十一面観音様を拝みました。お母さんの胎内ともみなされる窟の中にはコウモリも…。キャーキャー言ったり、初めての人は線刻仏に感動したり。それから産道(狭い岩間)をくぐり抜け、おぎゃあと生まれ変わりました。

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こんなお天気だったので、大南窟にまわることは断念。

安全コースの中宮跡へ。大きな梵字岩にも感嘆の声。

中宮でまたゴミ拾いをして、閼伽の井で西院谷坊跡の話を聞き解散。

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昼前には各自竈門神社に下山しました。

10歳から79歳の人まで15人の参加。年齢も職業も超えて、みんな楽しい一晩を過ごしました。

これからの催しにもどしどしご参加下さいね。


本日の大護摩供のレポートです。

 

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大護摩供は宝満山修験会による神事で、
人々の願いを書いた護摩木を護摩壇に投げ入れ、
修験道によって除災招福を祈るもの。

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希望者は護摩木を購入して、
家内安全などの願い事と名前、数え年を記入して渡します。

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拝殿での護摩供奉納奉告祭と筑前琵琶「竈門山」の奉納が終わると、
下方からほら貝の音が聞こえ、
階段を山伏とお稚児さんが上ってきます。


始まりは山伏問答から。

問に答えなければ中に入ることは許されません。

 

修験の修とは験とはいかに?

修験道の開祖はいかに?

大護摩供とはいかに?

などの問に的確に返答する山伏。

そして「ひとつひとつ違いなし。しからばお通り候らえ」と許されます。

 

その後、法弓、法剣、法斧の壇作法が行われます。

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いよいよ護摩壇に御神火が燈されます。

 

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周囲を囲む山伏たちが一斉に読経し、
太鼓と錫杖を鳴らすと、あたりは独特の雰囲気に包まれます。

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やがてその声と音に力を得たかのように黄色味を帯びた煙が勢いを増し、
生き物のように捻じれ、地を這い、
そして天へ上っていきます。

 

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やわらかな綿のような煙ですが、火山の噴煙のようでもあり、
竜巻のようでもあります。

 

護摩壇を覆っていたヒバが燃え尽きると中の火と丸太の枠が見えてきます。

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煙に替わって、今度は炎が燃え上がります。

 

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そこに護摩木を投げ入れていきます。

炎の熱の中で人々の願いも天に上っていくようです。

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護摩木をすべて焚き終えると組まれていた丸太が解体され、

火生三昧(火渡り)の準備をします。

 

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まだ火種があり、熱い中を山伏が火渡りをし、
その後、長蛇をなして並んでいた一般の人々もこれに続きます。

無事渡り終えると御札をいただきます。

 

巨大な煙と炎に自然への畏怖も感じる大護摩供。

俗世を生きる人々の願いを、読経のカタルシスの中で自然と融合させ昇華させるような行事でした。

(前野りりえ)

 

 

 

 

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集合時は小雨というよりも本降りに近い雨が降りしきっていましたが

本殿でお祓いの後には一転、晴れ間も垣間見えました。

登拝の道中もほとんど気にならない程度の雨量で

山頂に立った時は完全に雨が上がっている状態でした。

復活後2年目にあたる今年も、無事に16詣りを終えることができました。

ご参加の生徒さん達にも一生忘れ得ない思い出になってくれていればと願うばかりです。

ご参加の皆様、サポートをいただいた皆様、本当におつかれさまでした!

 

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4月19日、昨年のように雨模様でしたが、第2回の十六詣り無事実行致しました。雨をいやがる若者もなく、果敢に登拝。やはり若さですね。

面白かった。楽しかった。楽勝やった。と下山後もはしゃぎまわる十六歳。

登拝前の神主さんのお言葉、「昔は新しい着物を着て宝満山に登って、その着物に神様に宿ってもらって、その着物を着て田植えをし、村中の豊作を予祝したのですよ。自分のこれからの人生へのお願いをするとともに、社会のために役立つ人間になることを誓う登拝でもあるのですよ。」

この言葉、みんなの胸に響いたかな?

とにかく、宝満山が歴史や自然の美しさ、神秘さに富んだ、すばらしい山ということに気づいてくれたら、主催者としては嬉しいことです。

この催しは、竈門神社をはじめ、食材を提供してくださった方、竹の器を作って下さった方、料理して下さった方、着物の生地を提供して下さった方、縫って下さった方、旗を作って下さった方、登拝のサポートをしてくださった方等々、たくさんの方々、団体のご協力頂いて実施することが出来ました。心より御礼申し上げます。若者の心に、感謝の気持ちが芽生えたのも嬉しいことでした。

 

なお、十六詣りの記事が『西日本文化』474号に掲載されました。

合わせてご紹介します。

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