山中には五井七窟と言われる修行で使われたとされる秘所、

五つの井戸、七つの岩屋の窟が点在しています。

五井は水害で崩壊したり、場所が不明だったりする場所もありますが

七窟は現在でも全ての窟が現存していて、実際に足を踏み入れる事ができます。

先週、一日で七窟を回ってきましたのでルートを振り返ってみたいと思います。

 

1、福城窟

正面登山道(男道)8合目の先で「益影の井」の分岐を右に谷沿いに下った場所にあります。

 

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2、宝塔窟(伝教大師窟)

正面登山道中宮跡の先の分岐を羅漢道に向かい、羅漢道のルートを進むと看板があり。窟は右方面に少し登った所にあります

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3、釜蓋窟

宝満山から三郡山への縦走路へと向かい、仏頂山の手前をうさぎ道の方に進みます。

200~300メートル程進んだ地点で登山道を逸れ、赤テープを頼りに左側の尾根を少し下った地点にあります。

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4、普池の窟

猫谷川新道の8合目あたりにあります。

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5、剣の窟

猫谷川新道の上部にあります。つりぶね岩を下に回りこんだ地点です。

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6、法城窟

キャンプセンターから女道を下ってる途中に右手に登山道を逸れます。古い看板の案内があります

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7、大南窟

かもしか旧道から登ってたどり着く方法とかもしか新道から下って至る方法がありますが危険を伴う箇所もありますので、細心の注意が必要です。

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最後にGPSデータをもとに全体のおおよその位置を記します。

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最後に・・

七窟めぐりは一度に全部をまわるとなるとルートを把握できていても

普通に宝満山に登る倍位の体力が必要です。

さらに、登山道を外れる箇所もありますので道迷い、遭難、滑落等の危険が高くなります。

できれば最初は経験者の人と一緒に行っていただければと思います。

宝満山弘有の会でも秋ごろに七窟ツアーを企画したいと思っています!

 

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集合時は小雨というよりも本降りに近い雨が降りしきっていましたが

本殿でお祓いの後には一転、晴れ間も垣間見えました。

登拝の道中もほとんど気にならない程度の雨量で

山頂に立った時は完全に雨が上がっている状態でした。

復活後2年目にあたる今年も、無事に16詣りを終えることができました。

ご参加の生徒さん達にも一生忘れ得ない思い出になってくれていればと願うばかりです。

ご参加の皆様、サポートをいただいた皆様、本当におつかれさまでした!

 

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宝満山入峰

と き 5月10日(日)午前9時

ところ 竈門神社本殿前集合

コース 竈門神社― 一の鳥居(入峰作法)― 中宮―女道―

    座主跡(キャンプセンター)―元宝満心蓮上人祠―上宮(解散)

 参加者には「入峰之証」をさしあげます・

 

大護摩供

と き 5月31日(日)午前10時30分より集合・行列 

    ○護摩供奉納奉告祭  筑前琵琶「竈門山」奉納

    午前11時護摩供開始

    引き続き火生三昧(火渡り)

ところ 竈門神社

 

申し込み不要 入峰はどなたでも参加出来ます。

大護摩供では、護摩木に願い事を書いて山伏さんに祈願・祈祷して頂きましょう。

火生三昧(火渡り)は、どなたでも参加出来ます。

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4月19日、昨年のように雨模様でしたが、第2回の十六詣り無事実行致しました。雨をいやがる若者もなく、果敢に登拝。やはり若さですね。

面白かった。楽しかった。楽勝やった。と下山後もはしゃぎまわる十六歳。

登拝前の神主さんのお言葉、「昔は新しい着物を着て宝満山に登って、その着物に神様に宿ってもらって、その着物を着て田植えをし、村中の豊作を予祝したのですよ。自分のこれからの人生へのお願いをするとともに、社会のために役立つ人間になることを誓う登拝でもあるのですよ。」

この言葉、みんなの胸に響いたかな?

とにかく、宝満山が歴史や自然の美しさ、神秘さに富んだ、すばらしい山ということに気づいてくれたら、主催者としては嬉しいことです。

この催しは、竈門神社をはじめ、食材を提供してくださった方、竹の器を作って下さった方、料理して下さった方、着物の生地を提供して下さった方、縫って下さった方、旗を作って下さった方、登拝のサポートをしてくださった方等々、たくさんの方々、団体のご協力頂いて実施することが出来ました。心より御礼申し上げます。若者の心に、感謝の気持ちが芽生えたのも嬉しいことでした。

 

なお、十六詣りの記事が『西日本文化』474号に掲載されました。

合わせてご紹介します。

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宝満川と宝満山 写真:栗原隆司『祈りの山宝満山』海鳥社 2011年より

 宝満山は、北に流れ、福岡平野を潤し博多湾に注ぐ御笠川、南に流れ、筑紫平野を潤し有明海に注ぐ宝満川の水源の山です。この山のご祭神玉依姫命は水分(みくまり)の神としても信仰されてきました。

 水分の神として有名な吉野水分神社にも玉依姫命が祭られていて、ここは古来「子守明神」として藤原道長など都の貴族から庶民に至るまで多くの人々の信仰を受けてきました。ミクマリが訛ってミコモリとなったといわれますが、稲を育み、実りをもたらすことが、子供を授け健やかな成長を守ることに通じるのだと日本人は考えてきたのです。 

 宝満山の行事でもっともよく知られている「十六詣り」は、16歳になった男女が4月16日(または8日)に宝満山に登り、上宮でお祓いを受け、男は一生金銭に困らないように、女は「良縁を得ますように」と祈った行事ですが、戦後、学制の改革や成人年齢が20歳になった事、村の組織の崩壊などによって次第に行われなくなりました。

 昔、十六詣りで上宮に参拝すると、オミクジを引き、その中に入れられた金玉1個、銀玉2個を引き当てると「幸運を得る」などともいわれました。また稚児落としの断崖の岩間の木に「縁結びのコヨリ」を結びつけると願いが叶うともいわれました。

 太宰府の桜町区で聞いたお話では、「半世紀前頃まで旧暦4月8日、16歳の者が連れだって宝満詣りをした。女は、真新しい久留米の紅絣の短着に赤い腰巻き、黒の手甲・脚絆に紅白のアトガケのついた竹皮の草履をはき、新しい手ぬぐいを被ったおそろいの装束で登った。上宮にお参りした帰りには、シャクナゲの枝に糸のついた丸いオコシを下げたものをいくつも持って帰り、宝満詣りの祝をくれた親戚に配った。女の子達は、この時着た着物を、そのまま洗濯せずにとっておいて、田植えの時にそれを着て早乙女になった。男の子は8日・9日と二晩続く若者組の春籠りに、酒一升・肴一鉢を持参、親が付き添って組み入り(大人の仲間入り)をし、女も招かれて加勢をしながら二日間を楽しんだ」ということです。

 十六詣りが成人を祝うとともに、稲作にとっても重要な行事であったことを物語っています。山の神を乙女の着物やシャクナゲの枝に依憑(よりつ)かせて田に迎えるというもので、宝満の神様が「水分」の神であり「御子守」の神であることを偲ぶことが出来ます。

 4月8日は花祭りで、寺院ではお釈迦様の誕生日として灌仏会(かんぶつえ)などが行われますが、民間では「卯月八日(うづきようか)」の春山入りを行い、山の神をツツジやシャクナゲ、藤などの花木に宿らせ、里に帰って田の神とする行事が広く行われていました。また「卯月八日の初山(はつやま)入り」といって、その年に成人した少年・少女を連れて山に入ることも各地で行われていました。

 十六詣りが何時始まったものかは明らかではありませんが、東院谷の薬師堂の近くに「愛敬岩(あいけいのいわ)」という高さ2メートルほどの岩があり、『筑前国続風土記附録』に「眼を閉て此岩に行当る時は、人の愛敬を得る故に此名あり」と記されています。江戸時代すでに、この岩で恋占いをしていたのですね。十六詣りで上宮に縁結びを祈った少女たちの戯れででもあったのでしょうか。

 十六詣りには、険しい山を登りきることが「成人の証」とされるという意味もありますが、吉野の玉依姫と同様に、宝満山の玉依姫も、子を授け、その成長をお守りくださる神様。無事成長したことを宝満の神様に奉告し御礼を言い、そしてさらに「良いご縁を得ることが出来ますように」と祈る行事なのです。タマヨリヒメ様はその御名の通り、魂と魂を寄りつける神様でもあるのです。

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吉野水分神社(奈良県吉野山)

イベントは終了しました。沢山のご参加、ありがとうございました。

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昔、福岡県下一円では十六歳になった男女が、村ごとに揃って宝満山に登拝し、上宮で、これまでの成長をお守り下さったことへ御礼を宝満山の神様に申しあげ、女は良縁を得ることを、男は一生金銭に困らないようにと祈願しました。十六歳は成人になったとされる年齢で、宝満山への十六詣りが終わると、村の成員として迎えられ、宴会が行われました。

 戦後、学制の変化や成人年齢が二十歳になった事、村落共同体の崩壊などによって、この行事も次第に行われなくなりました。宝満山弘有の会では、会結成の最初の行事として、昨年4月20日、十六詣りを筑陽学園高等学校郷土史研究クラブのご協力で復活しました。

今年は下記の要項で第2回目を実施します。

実施日 平成27年4月19日(日)

*小雨決行、

 大雨の場合は本殿昇殿参拝・直会のみ(宝満山登拝は中止)  

主催  宝満山弘有の会

協力  竈門神社、竈門神社氏子会、宝満山修験会、常若の会(直会食)、

NPO法人古都太宰府の風を育む会(食器製作)、加野而青堂(久留米絣)、石村萬盛堂(協賛)

1,当日のタイムスケジュール

 登拝組

  十六歳の男女・宝満山弘有の会・宝満山修験会・保護者

 9:00  竈門神社社務所集合

      着替え(齋館にて)

 9:30  本殿でお祓いの後出発

       正面登拝道→六所宝塔跡→中宮跡→男道→上宮→

12:00  座主跡キャンプセンター(弁当)

       再会の木→愛敬の岩→東院谷→中宮跡→下山

 15:00  竈門神社参拝後、直会

 16:00  解散

 先達―宝満山修験会

 史跡説明―太宰府市教育委員会 山村信榮

 調理組―常若の会

直会食 赤飯、紅白ナマス、ダブ(紅白かまぼこ入り)、饅頭

参加費 16歳以下は無料

    大人 500円

    ※ 16歳以下の参加者募集は定員に達したため終了しています。

大人の参加希望者は登山に自信のある方のみお願い致します。

お申し込みはお申し込みフォームに必要事項をご記入の上、お申し込みください。

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今日は4月19日(日)に行われる「十六詣り」の準備を行いました。

NPO法人風を育む会さんと共同で作業を行いました。

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タケのササクレをヤスリを使って綺麗にしたあと、竈門神社に運びました。

そして…竈門神社に到着!

次の作業は竹についた汚れを拭き取る作業です。

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作業風景。

そして…準備完了!

みんなの努力と愛情がこもっていますので、当日をお楽しみに♪

 

(きのこ)

 

 

家族で夜桜ライトアップを観に。シンプルモダンなお守り授与所に利久梅を発見、かわいい。

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展望所からの太宰府の夜景、咲き乱れた桜の生命力、漆黒の中に浮かびあがる美しい社殿、そんな幽玄な空間ではしゃぎまくる子ども達。

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忘れられない夜の瞬間となりました。依里


春爛漫、桜も満開の本日、初めての緋桜会が催されました。

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今日は旧暦の210日。

1300年ほど前の2月10日、
心蓮というお坊さんが宝満山で修行をしていると、
良い香りが漂ってきて美しい貴婦人が現れたといいます。

それが玉依姫。

本日の宝満山は玉依姫が現れた日のように

美しい桜色の衣を纏った姿が見られました。

青い空に気品のある桜の花が映え、多くの参拝客の方々で賑わった日でもありました。

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参加者はまず昇殿し、参拝をしました。

 

その後、境内のそこかしこを森弘子先生のご案内で回りました。

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再会の木、愛敬の岩、水鏡、
夢想権之助神社、竈門山寺跡、緋桜の木、
金剛兵衛の墓、日あけの地蔵さん、大行事、
宝満山修験道復興の碑、お守り授与所、
展望台の椅子などなど…。

次々と続く解説に、宝満山の長い歴史を感じました。


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散策
の後は、普段は入ることができない斎館へ。


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緋桜餅とお抹茶を振る舞っていただきました。

 
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そして今度は森先生に桜にまつわるお話を伺いました。

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日本人がなぜこんなに桜を愛するのか。

そもそも桜とはどんな意味があるのか。

「さ」とは穀霊、「くら」とは神の座と聞いたとき、

稲を育てて暮らしてきた日本人の姿が立ち上ってきた気がしました。

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寒かった冬が終わり、また稲を育てる、

その時期を教えるのが桜の開花。

花を見て、これからまた田の仕事に勤しむ。

その宴が花見。

 

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桜を愛で歌に歌ってきた日本人。

その日本人の血が流れているから、

こうも桜に惹かれるのかと感じ入った春の美しい一日でした。

 

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(理乃)

 

玉依姫様が示現された旧暦の2月10日。3月29日は緋桜会。竈門神社ご本殿に昇殿参拝をした後に境内散策をします。何気なく歩いていた神苑。行き交った人々。そこに咲いている桜がお話をしたいと言っているようです。日頃は上がることのない斎館。特別にご案内をしていただき緋桜餅とお抹茶の振舞いを受けます。早く、その日が来ないかな。