11月21・22・23日に行われた竈門神社もみじ祭りにおきまして、

斎館をお借りし、お茶会を催しました。

行楽シーズンにしては雨の日が多く、

下見や打合せの時も

いささか心配な空模様ばかりで。

しかしながら、

雨露に濡れた艶っぽい吹寄せも美しく、

例年よりあたたかい影響で色付きこそは冴えておりませんでしたが、

移ろいゆく楓の景色も、これまた趣深い風情で。

竈門神社さんのご厚意にて、

宝満山9合目程にある仙厓筆『仙竈』岩の拓本を拝借し床掛けへ。

太宰府在住の裏千家・名和先生指揮もあって、

多くの方々に、足をとめ、座っていただき、

くつろいだひとときの中で、宝満山・竈門神社について

お話しを聞いていただく、良い機会となったかと存じます。

御菓子は太宰府天満宮参道にあります老舗『梅園』さんの

銘菓『宝満山』をご用意し、とても好評いただいておりました。

 

何気なく通り過ぎてしまえば、

見入ることのない景色、

知ることのない想い。

大切に伝えていきたいと

改めて思う次第でございました。

                                                          みとみのまつ

 

 

 

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1121日(土)・22日(日)・23日(月)13時~16時頃

竈門神社 斎館にて菓子宝満山とお抹茶の振舞い 500 

 

菓子は梅園の「宝満山」

筑紫女学園の学生さんと名和社中のご協力でお抹茶の振舞です。

 

お気軽にお立ち寄りください。

 

竈門神社境内は3日間、音楽の杜(^^♪

1121日(土)14時~・16時~ 出演:サラ・オレイン

1122日(日)15時~・1730分から 出演:阿部海太郎

1123日(月)14時~・17時~ 出演:GUN kondo

 

竈門の杜で「美の国 日本」の文化をお楽しみください。

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 11月7日(土) 降水確率50%、今にも雨雲が近づいてきそうな気配。

10時10分、竈門神社境内。愛嶽山に向かって「いってきます」。

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 冬イチゴの赤がお出迎え。九州歴史資料館の岡寺良先生の解説を聞きながら升形城を目指して歩く。

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 升形城が描かれた絵図(「古城図」のひとつ)と、升形城縄張り図を見ながら堀切の様子や曲輪とみられる平坦面を見る。

景色と歴史を堪能したひととき。

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  雲行きが怪しくなりそうなので、昼食を取らずに下山。

 

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 下りは急。滑りそうになりながら気を付けて。

 

 13:10竈門神社着。

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10月10日、11日は恒例の清掃登山(下山)。

10日夕刻キャンプセンターに集まって、すき焼きパーティー。

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初参加の妙香庵光本君からの大量のかしわ御飯に加えて、西鉄山友会の方からもたくさんの料理を差し入れていただき、食べられないほどの豪華な宴会となりました。初参加の人もすっかり打ち解け楽しい夜は更けていきましたが、あいにくのお天気で、山頂に登ることはできず、夜景やご来光は残念でした。夜中は激しい雨音に目が覚めることも…。

でも朝靄のキャンプセンターはステキ。

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(朝食はすき焼きの残りにうどんを入れて)

次第に雨も上がり、出発する頃には青空も。キャンプセンターでゴミ拾いしたあと(ほとんどありませんでしたが…)、女道を通り、薬師堂跡、東院谷坊跡を経て、法城窟へ。久しぶりに窟のお地蔵様、十一面観音様を拝みました。お母さんの胎内ともみなされる窟の中にはコウモリも…。キャーキャー言ったり、初めての人は線刻仏に感動したり。それから産道(狭い岩間)をくぐり抜け、おぎゃあと生まれ変わりました。

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こんなお天気だったので、大南窟にまわることは断念。

安全コースの中宮跡へ。大きな梵字岩にも感嘆の声。

中宮でまたゴミ拾いをして、閼伽の井で西院谷坊跡の話を聞き解散。

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昼前には各自竈門神社に下山しました。

10歳から79歳の人まで15人の参加。年齢も職業も超えて、みんな楽しい一晩を過ごしました。

これからの催しにもどしどしご参加下さいね。

暦の上で、処暑を過ぎると途端に雲も模様替え。宝満山弘有の会の秋のスケジュール案をお知らせします。

10月10日(土)・11日(日):「座主跡キャンプ場泊清掃登山」

          希望者は七窟ピンスポット巡りがお楽しみ(^^♪

          案内はポストカード撮影の土肥和弘さんです

          昨年は、上宮から福岡方面の夜景がナントも綺麗

          朝は、英彦山方面から昇る朝陽を皆で拝みました

11月7日(土):「宝満山の升形城に行く」

          九州歴史資料館の岡寺良先生と升形城を探りに行きマス

11月下旬:紅葉黄葉めぐり  お楽しみ付企画

          森弘子先生の案内で秋の竈門がより一層楽しくなります

12月22日(火):冬至の夕陽を観る会&忘年会

          背振山に沈む夕日を竈門神社のテラスから眺めます

          昨年はあいにくのお天気でしたがその後の忘年会は最高(*'▽')        

沢山の方々の参加・ご協力よろしくお願いします(#^^#)

現在案です。詳細は、後日お知らせします

 

 

          

宝満山山開き

日時 7月19日(日) 11:00~

   山頂上宮において山開きの祭典があります

 

山開きについて

 宝満山のように年中登山者の絶えない山では「山開き」という言葉がピンときませんが、もともと霊山へは年中登拝出来るものではなく、一年のうちの期日を決めて登拝が許されていました。その初日を「山開き」と言いました。

昨日7月1日は、爆発の被害があった御嶽山での山開きの様子がテレビで放映されていましたが、富士山五合目でも、神社鳥居に張られた注連縄を大天狗が切り落とす行事が行われました。現在は7月1日を山開きとしている山が多いようですが、かつては、「卯月八日の初山入り」として旧暦4月8日前後に行われる所が多々見られました。山には若葉が芽吹く良い季節です。宝満山の十六詣りも卯月八日の初山入りの一形態と考えられます。

修験道のメッカ大峯山上ヶ岳でも、卯月八日(現在は5月3日)に大峯山寺の本堂の扉を開ける「戸開け式」が行われ、これを以て「山開き」とします。そして9月9日の「戸閉め」までの間、山上ヶ岳へ全国から多くの山伏が峰入りをします。

7月1日は旧暦の6月1日を月遅れにしたものですが、高山や寒い地方では、この頃になると雪も解け、安全に山に入られるということでしょうか。

明治以後、スポーツとしての登山が盛んになり、どんな季節でも登山者は山に入りますが、それでも1年に一度「山開き」の日を決めて、登山の安全を山の神に祈る事は、忘れずに行われているのです。

 

先日、宇佐市教育員会の人から「宝満山の上宮の後の岩に鎖を懸けた業者を紹介してくれないか。あちこち聞いたけど何処にもなくて、石鎚山でさえ、一軒だけあった業者がつぶれ、次の鎖掛けはどうしようかと困っているとのことだった。宝満山のは新しそうなので…」という電話がありました。

竈門神社に尋ねたところ「神社からの発注ではない。西鉄山友会に聞いてみたら」というご返事でした。

さっそく西鉄山友会の伊藤さんに電話したところ「私がつけた」という驚きのご返答。用具や材料は登山専門店や量販店で購入し、あの絶壁に登ってつけられたのだと言うことです。

江戸時代に何処の誰が鎖を寄進しただとか、そういう知識はあっても、今日私たちが使わせていただいている鎖を何処の誰がつけたのだろうかと考えてもみなかった私。本当に恥ずかしいことでした。それに気づくきっかけを作ってくれた宇佐の友人に感謝です。

それ以上に、常々尊敬申し上げている伊藤さんに対して、一層の感謝と尊敬の念を抱きました。

どれだけ多くの人々が、伊藤さん達山友会の方々のおかげで、安全で楽しい登山ができていることでしょう。それを誰に言うこともなく、ただ黙々と日々活動されていることは、山伏的に言えば「菩薩行」にほかなりません。

登山の技術には、難しいことがたくさんあると思いますが、一人でも多くの若者が技術を習得し、こうした活動に続いてほしいものと思わないではいられません。    (弘子)


本日の大護摩供のレポートです。

 

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大護摩供は宝満山修験会による神事で、
人々の願いを書いた護摩木を護摩壇に投げ入れ、
修験道によって除災招福を祈るもの。

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希望者は護摩木を購入して、
家内安全などの願い事と名前、数え年を記入して渡します。

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拝殿での護摩供奉納奉告祭と筑前琵琶「竈門山」の奉納が終わると、
下方からほら貝の音が聞こえ、
階段を山伏とお稚児さんが上ってきます。


始まりは山伏問答から。

問に答えなければ中に入ることは許されません。

 

修験の修とは験とはいかに?

修験道の開祖はいかに?

大護摩供とはいかに?

などの問に的確に返答する山伏。

そして「ひとつひとつ違いなし。しからばお通り候らえ」と許されます。

 

その後、法弓、法剣、法斧の壇作法が行われます。

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いよいよ護摩壇に御神火が燈されます。

 

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周囲を囲む山伏たちが一斉に読経し、
太鼓と錫杖を鳴らすと、あたりは独特の雰囲気に包まれます。

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やがてその声と音に力を得たかのように黄色味を帯びた煙が勢いを増し、
生き物のように捻じれ、地を這い、
そして天へ上っていきます。

 

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やわらかな綿のような煙ですが、火山の噴煙のようでもあり、
竜巻のようでもあります。

 

護摩壇を覆っていたヒバが燃え尽きると中の火と丸太の枠が見えてきます。

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煙に替わって、今度は炎が燃え上がります。

 

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そこに護摩木を投げ入れていきます。

炎の熱の中で人々の願いも天に上っていくようです。

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護摩木をすべて焚き終えると組まれていた丸太が解体され、

火生三昧(火渡り)の準備をします。

 

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まだ火種があり、熱い中を山伏が火渡りをし、
その後、長蛇をなして並んでいた一般の人々もこれに続きます。

無事渡り終えると御札をいただきます。

 

巨大な煙と炎に自然への畏怖も感じる大護摩供。

俗世を生きる人々の願いを、読経のカタルシスの中で自然と融合させ昇華させるような行事でした。

(前野りりえ)

 

 

 

偶然にも同じ日に、山の信仰に関する2冊の本を頂きました。

1冊目は、日本山岳修験学会会長の鈴木正崇氏の『山岳信仰―日本文化の根底を探る』です。序章「山岳信仰とは何か」で山岳信仰について概説し、第1章から第8章まで、出羽三山・大峯山・英彦山・富士山・立山・恐山・木曽御嶽山・石鎚山など、日本の有名霊山について記述しています。英彦山の所にむろん宝満山も出てきます。

宝満山についてはもう一冊の立正大学教授時枝努氏の『霊場の考古学』に、より多くの記述があります。宝満山ばかりでなく第2部第6章宋人造営の経塚と霊場では、首羅山など福岡周辺の山々について述べ、終章「霊場の考古学」の課題では、宝満山に於ける先進的な考古学調査の事例や、宝満山弘有の会とも縁の深い九州山岳霊場遺跡研究会のことについても触れています。

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(鈴木正崇著『山岳信仰―日本文化の根底を探る』中公新書2310 定価880円)

 

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(時枝努著『霊場の考古学』高志書院選書11定価2500円)