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 今から1300年ほど前、天武天皇の時代、心蓮というお坊さんが樒(しきみ)という植物と閼伽水(あかすい)をもって毎日宝満山で修行をしていました。白鳳2年2月10日午前8時頃、山、谷が震動し、何とも言えない良い香りが漂ってきたかと思うと、花びら舞う中に美しい貴婦人が現れました。貴婦人は「私は玉依姫です。この国を守り、人々が平和で安らかにくらすことができるよう、この山に長年止まっているのです」と言ったかと思うと、忽ち雲霧が巻き起こり、貴婦人は金剛神に姿を変えて九頭の龍馬に乗り、十神を従えて、空を飛び回ったのです。

 このことに驚いた心蓮上人は、大宰府に申し出、この報告をお聞きになった天皇は、御社を建て「宝満宮」と号すようにとお命じになりました。

 上宮のすぐ下に、馬蹄岩という岩がありますが、この岩にはこの時の龍馬の足跡が遺っているといいます。(宝満山の縁起より)

 江戸時代の文政2年(1819)、博多聖福寺の仙厓和尚はこの岩に

 玉姫降神 則山谷鳴震動/心蓮登座 則天華飛繽紛

と自作の偈を彫りつけました。また仙厓和尚は九合目にある竃門岩の一石に「仙竈」と大書しました。二つの事を成し遂げた仙厓和尚は、その気持ちを

 烟たつかまどの山の緋桜は香飯の国の贈る春風 

と言う歌に込めました。

 

 宝満山弘有の会では、宝満山のご神木「緋桜」にちなんで3月の最終日曜日に緋桜会を開催することとしました。第一回の開催日3月29日は旧暦2月10日。まさに玉依姫様がご示現なさった日です。この不思議な偶然に神様のご意向を感じます。

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